第三回はやしたかし童話大賞結果(08年 12月締切)
はやしたかし童話大賞受賞作品
大賞 仲本真季子著 ≪たったひとつの星たち≫出版化
佳作 大道優子「とうさんの柿の木」他、大井裕己「ヤドカリ宿屋」
鈴木洋子「森のボタン」、中里 慶「痛快の三球三振」
藤崎正三「位は無用」ほか、有働恵子「白い顔の都人」
安部光彦「夕焼け兄ちゃん」、中島晶子「ブリキのランドセル」
弓納持京子「のっそりくまさん」 、布山美慕「少年と少女の手紙」
野口みち子「風天さんと水色の犬」、田中裕喜子「魔界の蒼」
砂地由美子「おれの家、F・F・Wなんだ」多田豊子「ホロホロ川」
飯田一郎「ノンビ山の花手紙」 、加々井美恵子「かけだしたタンス」
大川内聖二「月夜の案山子」、向井健二郎「命の地球」
岩村留美子「フレアの花」、長谷川洋子「ラベンダー色のメッセージ」(順不同)
今回の「はやしたかし童話賞」は優れた応募作がたくさんありましたが、その中でも仲本さんの≪たったひとつの星たち≫はひときわ抜きん出ていると思われました。そこで、選考者として簡単な批評をお伝えしたいと思います。
まずこの優れた作品が、ぼくと半世紀以上も歳の離れた若い作者によって書かれたことに驚きました。
十三歳と言えば、もうじき中学二年生。実際にはもっと前にこの作品を書いたとうかがいました。小学生の仲本さんがこれを書いた。そのこと自体がひとつの驚きです。宇宙の大好きなぼくから見ても、この≪たったひとつの星たち≫は見事なSFに仕上っています。
とりわけぼくが感銘を受けたのは次の二つの点です。
まず、物語の展開の仕掛(しか)けがとてもおもしろい。主人公の弥生は小学六年生なんだけど、勉強には全然興味がない。授業中は絵を書くか、ほとんど居眠りばかりしているのですね。先生の話しなんか全然聞いていない。
と、突然、キーン コーン カーン コーンと授業終了のベル。いつものようにぐっすり居眠りしていた弥生はがばっと身を起こしきょろきょろしていると、先生が「弥生! 相当な夜ふかしだな。次の時間に寝てみろ、鼻にティッシュをつめこむぞ」と言う。
クラス中がどっと笑った。弥生ははずかしさで顔を赤らめた。
物語では、これとほとんど同じ部分が物語の最後にも置かれている。つまり最初の部分にお話が戻るのですが、この循環方式がまずすばらしい。そして、ぼくが驚いたのは、この最後の場面、つまり弥生が居眠りからがばっと目を覚ます場面が、最初とはまるで違った風に感じられることでした。二つの同じ学校の場面の間には、弥生の夢がはさまれているわけですが、その内容があまりにも凄いので、最後の学校の見慣れたはずの学校の光景が、当たり前に思えないほど深い感じなのです。
これは優れた小説でもあるいは映画でもそうですが、その作品に出会った後に、ありふれた身のまわりの光景が特別なものにみえたり、光り輝いて見えたりすることがありますよね。そういうのを異化効果といいますが、この物語は、そういう凄い作用を持っていると感じました。
もうひとつ感銘を受けたのは、言葉の柔らかさと、みずみずしさでした。若い作者ですから当然と言えば当然ですが、その優れた描写力は物語の状況や登場人物の心の奥までとてもうまく描いています。仲本さんの言葉の感性はぼくには印象的でした。
夢の内容、つまり地球に人類が住めなくなって、巨大な宇宙ステーション・ハーレン号に人類の20パーセント(それだって10億人以上!)の人々が乗って他の恒星系の惑星・ターバルに脱出するというプロット(粗筋)は、SFとしては比較的どこにでもありそうな感じがします。現に人類はその計画を実際に考え始めていますよね。火星に移住するというテラフォーミング(Terra Forming)計画もそのひとつだと思います。ただ仲本さんのお話に引きつけられるのは、言葉の柔らかさ、その奥に光る平和への願いの美しさです。それとターバル軍と闘う場面は緊迫感に富みよく書けています。
驚いたのは、夢の中で弥生が死んでしまうことでした。そして彼女は輪廻転生(生まれ変わり)をつかさどる別次元の世界にゆき、まだ地球が存続していた頃に生まれ変わるという決意をするのでした。その時の彼女の悲しみ、自分が死んだということよりさらに大きな悲しみが、自分の記憶を失うという衝撃だったのですね。
「記憶さえ残っているのなら……。迷うことはないのに。私の記憶。大切な人たちが生きる、私の記憶」と仲本さんは書いておられます。
ぼくは、ここの部分に衝撃を受けたのです。記憶というのは、普通はものを覚えることだと思いますよね。勉強ができる人は記憶力が良いとか言います。でも、ここで書かれている記憶というのは、そういうものではない。古代ヨーロッパの神学者であったアウグスティヌスが「記憶は広大無辺の奥の院である」という意味のことをいいました。本当の記憶とは、人間を人間たらしめる一切を包んだ果てしない意識の広がりのことだと思うのです。仲本さんの文章からそう言うことが伝わってきます。ここに登場するトキさんという300歳近いおばあさんも素敵ですね。宮崎駿のアニメに登場する老賢者みたいなおばあさんですね。
現在の記憶をすべて消去して、別な時代の地球に行くかどうか、弥生はとてもつらい選択を迫られます。そして、ついにまだ緑が残る惑星地球に生まれ変わることを決心する。ここで鳥の目で見る地球の姿が非常に美しい文章で綴(つづ)られています。青い緑豊かな地球のみずみずしさを改めて思います。そしてトキとの別れも本当に感動的です。人間がこの世に生まれることの一番深い意味を伝えています。
そして地球への転生、………と思ったら、キーン コーン カーン コーンと鐘の音。
物語は突然、最初の部分に戻っていくのですが、最初に読んだときとはまるで印象が違う。同じ文章なのに。すべてが愛しく、大切で、抱きしめたくなるように感じられる。この物語がどんなに強い力を持っているかわかります。ぼくは本当に心を動かされました。
応募いただいた皆さん、これからも、次々と素晴らしい物語を書きつづけてください。そして書きあがったものは鳥影社までお送りください。楽しみにしています。
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