『日本城紀行』斎藤秀夫 著
歴史研究 第553号 2007年7・8月合併号 平成19年(2007年)4月1日
わが著書を語る 斎藤 秀夫
北は北海道から南は沖縄まで、日本各地に城はある。しかし現存天守閣は、全部で12しかない。勿論、現存といってもどれも築城当時そのままの姿を残しているわけではない。保存のため、一度は解体され、腐った柱は取り除き、新しい資材で補強し、壁を塗りかえるなどして甦らせたものなのである。それでも現存天守閣には違いなく、12の天守閣はそれぞれに味わい深く、甲乙をつけるのは難しい。だからその12の天守閣についてまず書いてみたかった。
また、落雷や放火によって、天守閣は焼失してしまったものの、当時の栄華をほうふつとさせてくれる石垣のみが残っている城址にも魅力を感じる。
山道を登り、苔むした石垣を眼にしたとたん、私の体は熱くなる。その時受けた感動をも、私はエッセイで表現したかった。そこでその中から10ヶ所の城址を選んで記した。こうして生まれたのが『日本城紀行』である。
今回の本には、読者の希望により、写真や絵図等をかなり入れた。当然、その城のある郡市の教育委員会やら、観光協会から借用した資料もあるが、出来る限りは、自分で撮った写真を使用した。
時に人間は、その自らの歴史を己の都合のよい方に歪めてしまう。けれど、その城のおかれている地形なり自然現象は、それほど変わるものではない……。
石垣にそっと手を触れてみる。最初のうちは、彼らはなにも語りはしない。しかし、ずっとその行為を続けて行くと、石垣たちが、やがてそっと、私の耳元でささやきだすのだ。
廻りの地形だってそうだ。じっとあたりを眺めていると、そのうち、彼らは静かに物語りを始める。その瞬間を私は待っている。なぜなら、彼らの呟きこそ、人間によって歪められてしまった歴史ではなく、その城の内外で起きた本当の姿が隠されていると考えるからだ。
とはいっても、まだまだ十分に、彼らの真実の声を聞けるようになったわけではない。不幸にも、私の心にも雑念が混じっているからだ。それをできるだけ取り除き、無の境地で、悠久のこの大地の営みを、私のこの眼と足で、しっかしと把握したいと思っている。その過程の中でこの本は生まれた。ご一読いただけたら幸いである。
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